<< 第66代東京ダービー馬エメリミット&山口達弥騎手 | main | 東京ダービー馬エメリミットのその後……。 >>

ダービージョッキー、山口達弥騎手のその後……。

 ダービージョッキーとなった船橋の山口達弥騎手。

 

 遡ると、山口騎手は幼稚園からサッカーを始め、中学校3年生では船橋市の大会で優勝したこともあったそうで、一時はサッカーの道に進もうと思ったこともあったそうです。

 

 しかし、父親が競馬好きだったことや、騎手をしていた親戚がいたり、自宅の隣には偶然にも石崎駿騎手の祖父母が住んでいたこともあって、自然な流れで騎手の道へ。

 

 教養センターに入る前には体重を落とさなくてはならず、サッカーの練習をしながら、給食は食べず、真夏にウィンドブレーカーを着て参加をしていたそう。

 

 中学校で騎手を目指していたのは1人だけ。非常にシャイな性格は当時から変わらずで、目立つことはどうしても嫌だったそうで、担任の先生には騎手を目指していることは口外しないようにお願いし、仲のいい友人にしか告げていなかったそうです。

 

 そういえば前に、自身の性格を表すことを、こんな風に言ってました。「寡黙な石崎さん(石崎隆之騎手)にまで、『人見知りしすぎた』って言われたのはショックでした(苦笑)」(山口騎手)。

 

 東京ダービーを勝った後はテレビインタビューを見ていて人たちから、もっと喜びを表情に出せと言われたそうですが、山口騎手にとっては、いっぱい表現していたそうです(^^)

 

 

 

 競馬関係者はどんなに嬉しいこと悲しいことがあっても、その直後から、通常の仕事が待っています。山口騎手もナイターが終わり、その翌日は3時から、いつも通りの調教を行ったそう。

 

 そして週末も、レイチェルウーズの関東オークスの最終追い切りなどで、いつも通りのお仕事をこなしていました。

 

 

 

 師匠の林調教師と山口騎手。

 

 

 

 ダービー当日のTwitterでは、テレビに映し出された山口騎手のマイクを握った手のことが話題を集めていました。その話題を振ってみると……。

 

 「やめてください(笑)。こういう人はいっぱいいますよ。すごくないです」と山口騎手らしい返答(笑)。

 

 

 

 

 

 「下に置くとすれちゃうから本当はよくないんですが。引っ掛かる馬だと押さえつけて乗るとすれちゃうので。インサイドの時(調教パートナーだった東京ダービー馬インサイドザパーク)も引っ掛かるから、何度もめくれましたね。でも、馬の仕上げ方とか、あの馬で経験を積ませてもらったのは大きいです」(山口騎手)。

 

 ダービージョッキーになって変わったことは?

 

 「周りから冷やかされるくらいで、自分は何も変わらないです。うちの先生がすごいんです」(山口騎手)。

 

 

 どんなに努力をしても苦労をしても報われることの方が少ない世界ですが、いつかはきっと報われると、証明してくれた山口騎手。昨年も現在も船橋競馬場リーディングベスト10入り。ダービージョッキーとなり、更なる活躍を楽しみにしています!!!

 

 


プロフィール
カレンダー
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>
記事
カテゴリー
月別
検索する
その他
モバイル
qrcode